井蛙見聞録
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井の中の蛙見聞録
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ご皇室の祖先神
13.天照大御神⇒神武天皇を祀る『神宮』の所在地
①天照大御神=『伊勢神宮』         
 (伊勢市・他に各地の神社)
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②天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
 =『英彦山(ひこさん)神宮』
 (福岡県田川郡添田町)
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by ikawazukbr | 2010-12-29 11:17 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
12.ご皇室の祖先神
 此のように、天照大御神⇒天忍穂耳命⇒邇邇藝命⇒穂穂手見命⇒鵜葺草葺不合命⇒神倭伊波礼毘古命(=神武天皇)⇒歴代の天皇さまへと、今上(きんじょう)陛下で125代も続いています。それなるが故に、天照大御神は、ご皇室の御祖先神とされているわけであります。f0014809_17295157.jpg

表=天照大御神から神武天皇までの系譜
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by ikawazukbr | 2010-12-28 17:31 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
11.神武天皇
 神倭伊波礼毘古命は、兄君である五瀬命と共に、高千穂宮(たかちほのみや・日向)に居られたとき、ご相談になられて「どこの地に居たならば、安らかに天下(あめのした)の政(まつりごと)を執り行なうことが出来るのだろうか。やはり東の方に都の地を求めて行こうと思う」と仰せられて、ただちに日向を出発されました。
 日向の高千穂宮⇒筑紫⇒豊国の宇沙(とよくにのうさ)⇒筑紫の岡田宮⇒阿岐国(あきのくに)の多祁理宮(たけりのみや)⇒吉備(きび)の高島宮(たかしまのみや)⇒浪速(難波)⇒紀伊半島⇒熊野村⇒吉野河の河尻⇒宇陀(うだ)⇒忍坂(おさま)の大宮(おおみや)に大変な苦労のすえ、多くの年月を経て至ったのであります。荒ぶる神たちをコトバで説得し和平し、服従しない人たちを撃退して、畝火(うねび・畝傍)の白檮原宮(かしはらのみや・橿原)において天下(あめのした)を治められました。此処に神武天皇による日本の建国(神武建国)が成ったのであります。
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歴史絵画:神武天皇の御即位(神宮徴古館蔵)
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by ikawazukbr | 2010-12-27 14:02 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
10.若御毛沼命(わかみけぬのみこと)=後の神武天皇
 鵜葺草葺不合命は、豊玉毘売命の妹である玉依毘売命(たまよりひめのみこと)と結婚されました。その御子は、五瀬命(いつせのみこと)、稲氷命(いなひのみこと)、御毛沼命(みけぬのみこと)、若御毛沼命(わかみけぬのみこと)の四方であります。
 若御毛沼命は、別名を豊御毛沼命(とよみけぬのみこと)また神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)と申しますが、後の神武天皇(じんむてんのう)であらせられます。
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歴史絵画:神武天皇の御東征(神宮徴古館蔵)
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by ikawazukbr | 2010-12-24 15:57 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
8.天津日高日子穂穂手見命(あまつひこひこほほでみのみこと)
 邇邇藝命(ににぎのみこと)が天降られ、木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやびめのみこと)と出遭い結婚されます。御子は、火照命(ほでりのみこと)=海幸彦(うみさちひこ)、火須勢理命(ほすせりのみこと)、火遠理命(ほおりのみこと)=山幸彦(やまさちひこ)のお三方です。火遠理命(山幸彦)の別名を「天津日高日子穂穂手見命」と申します。海幸彦と山幸彦のお話は、皆様ご存知のことですから勝愛します。

9.天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうかやふきあえずのみこと)
 竜宮に行かれた、火遠理命=山幸彦=天津日高日子穂穂手見命は、海神(わたつみのかみ)の娘である音姫様:豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)と結婚されます。先に地上に帰られた穂穂手見命を追って、豊玉毘売命が「既に身ごもっており、今、産むべきときが参りました」と、竜宮から地上へと来られます。急いでその海辺の波限(なぎさ)に鵜の羽を葺草(かや)にして産屋を造りますが、未だ葺き終えぬうちに生まれたもうた御子が「天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命」であります。
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by ikawazukbr | 2010-12-23 11:08 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
7.『日本書紀』の美しい文章
 三つの宝物について、『日本書紀』には次のように美しい文章で、天照大神の神勅(しんちょく)として書かれております。
①「故(か)れ天照大神すなわち天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)
 に八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)、及(また)八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさ
 なぎのつるぎ)、三種の寶物を賜い、・・・・」
                   (天照大神天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅)
②「吾(あ)が児(みこ)、此の寶鏡(たからのかがみ)を視まさむこと、當(まさ)に吾(あれ) を視るがごとくすべし。與(とも)に床(みゆか)を同じくし、殿(みあらか)を共(ひとつ)
 にして、斎鏡(いわいのかがみ)と為す可し」
                   (天照大神宝鏡奉齋(ほうきょうほうさい)の神勅)
③「吾(あ)が高天原に所御(きこしめ)す齋庭(ゆには)の穂(いなほ)を以て、亦吾が
 児に御(まか)せまつるべし」      (天照大神齋庭稲穂(ゆにはのいなほ)の神勅) 
●天照大御神は、稲穂を与え給い、日本人の主食としての稲作農法が始りました。ドイツの
 科学者: リービヒは、日本の水田耕作を、「土地を永久に保つ無類の農法」と、称えて
 おられます。
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国史絵画の説明:斎庭の稲穂(神宮徴古館蔵)
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by ikawazukbr | 2010-12-21 17:06 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
6.三つの宝物の由来
 高天原(たかあまはら)に昇られた須佐之男命の乱暴がすぎたので、天照大御神が天(あめ)の岩屋戸(いわやと)にお隠れになったとき、多くの妖(わざわい)が起ってきました。そこで、天の岩屋戸から何とか早くお出ましいただこうと、八百万の神が集まり考え行動されたことが、『古事記』に次のように書かれています。『・・・・常世(とこよ)の長鳴鳥を集めて鳴かしめて、天の安河(やすかわ)の河上の天の堅石(かたしは)を取り、天の金山(かなやま)の鉄(まかね)を取りて、鍛人(かぬち)天津麻羅(あまつまら)を求(ま)ぎて、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に科(おお)せて鏡を作らしめ、玉祖命(たまのおやのみこと)に科(おお)せて八尺勾璁の五百津(いおつ)の御すまるの珠を作らしめて、天児屋命(あめのこやねのみこと)・布刀玉命(ふとたまのみこと)を召して、天の香山(かぐやま)の真男鹿(まおしか)の肩を全抜(うつぬ)きに抜きて、天の香山の天のははかを取りて、占合(うらな)ひまかなはしめて、天の香山の五百津真賢木(いおつまさかき)を根こじにこじて、上枝(はつえ)に八尺勾璁の五百津の御すまるの玉を取り著(つ)け、中枝(なかつえ)に八咫鏡(やたのかがみ)を取りかけ・・・・』天宇受売命(あめのうずめのみこと)が神懸(かみがか)りして踊りくるい、八百万の神たちも大咲いして明るく振るまったのです。「何事が起ったのか」と思って、岩屋戸を少し開けて覗かれた天照大御神を天手力男神(あめのたじからおのかみ)が戸を開け、御手を取って引き出されました。それで高天原も葦原中国(あしはらのなかつくに)も、ともに照り明るくなったのです。
 このときの八尺勾璁のことであり、八咫鏡なのであります。これに須佐之男命が八俣大蛇(やまたのおろち)を退治したときに、その尾から出てきた刀を、天照大御神に献上したと書かれているところの草薙剣が加わっております。『古事記』や『日本書記』には、最初から草薙剣と書いてありますが、『日本書記』の一書に、「もとの名は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。大蛇のいる上に常に雲があったので、かく名づけた」と書かれています。
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国史絵画の説明:天照大御神、点岩屋戸隠れ(神宮徴古館蔵)
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by ikawazukbr | 2010-12-20 16:22 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
5.日子番能邇邇藝命(ひこほのににぎのみこと)
 日子番能邇邇藝命が天降られますとき、天照大御神は八尺勾璁(やさかのまがたま)・鏡・草薙剣(くさなぎのつるぎ)を授けたまい、「これの鏡は、もはら我(あ)が御魂(みたま)として、吾(あ)が前を拝(いつ)くがごと、斉(いつ)きまつれ。・・・・・・・・『古事記』」と仰せられました。この三つの宝物が「三種の神器」であります。
 この鏡が、天照大御神の御魂代として、「内宮」ご正殿に祀られている御神体です。草薙剣は、熱田神宮の御神体として祀られています。八尺勾璁は、鏡と剣の写しと共に皇居内に祀られています。三つの宝物については、『古事記』に次のように書かれていて、そこに根拠があるのです。
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by ikawazukbr | 2010-12-20 08:04 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
4.天孫:邇邇藝命(ににぎのみこと)
 天照大御神は、「豊葦原(とよあしはら)の千秋長五百秋(ちあきながいほあき)の水穂国(みずほのくに)は、我が御子:正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)の知らす国なり『古事記』」と、お言葉を与えたまい天降されました。このとき下界はまだまだ、「ひどく騒がしい」状態であったので、何人かの使いを派遣して、ようやく平定し帰順させることが出来ました。そこで、この間に生まれた御孫「日子番能邇邇藝命(ひこほのににぎのみこと)」に改めて「豊葦原(とよあしはら)の水穂国(みずほのくに)は、汝(いまし)知らさむ国なり」と、お言葉を与えたまい天降されました。
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国史絵画の説明:天孫降臨(神宮徴古館蔵)
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by ikawazukbr | 2010-12-17 15:32 | 伊勢神宮
ご皇室の祖先神
3.天照大御神
 天照大御神は、神宮において正式には「天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)」と申します。
此処で、『古事記』上巻の神代のところを思い浮かべてください。
 冒頭に顕われます天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)から、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と伊邪那美神(いざなみのかみ)へ。そして二神の国生み・神生みの後、伊邪那岐神が黄泉国から帰ったときの禊祓の最後に、底筒之男神(そこつつのおのかみ)・中筒之男神・上筒之男神(三柱の神は墨江(すみのえ)の三前(みまえ)の大神・住吉大神のこと)」が成られ、すべての浄化が終った後に、伊邪那岐神が左の御目を洗いたもうたときに成りました神が、天照大御神であります。須佐之男命(すさのうのみこと)から大国主神(おおくにぬしのかみ)によって国造りがおおよそ整ったところで、天照大御神は御子を下界に降されようとされます。
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by ikawazukbr | 2010-12-16 14:35 | 伊勢神宮