井蛙見聞録
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みささぎ参拝の薦め
(33)推古天皇(つづき12)

⑮十七条憲法は「中(みなか)」の理念の具象化である【1】(115ページ)
 憲法を拝読して、何人にも痛感される一つの思いは,余りにも「私」に執着して“神”を忘れ、六欲煩悩に溺れやすい現象人間の脆さ卑しさ哀れな自己満足の姿に対する、骨身にしみるような太子の洞察の深さである。この深さが晩年の太子をあの夢殿に籠らせたのではないであろうか。あくまでも青く深く、澄み切った太子の双眼が想い浮ぶ。同時にまた、重なるようにしてうるみに滲んだ太子の双眼が浮ぶ。「みんな仲良くせよ」との憲法第1条のお言葉が、無限の響きをもって聞こえてくる。

 第1条「和(わ)をもって貴(とおとし)となし、忓(さか)うること無きを宗(むね)と為(せ)よ。・・・・・・
 「和」である。「和」とは何であろうか。「和」は妥協ではない。遠慮の仕合でもない。「和」は生命のリズムである。生命そのものである。心法一如の自覚であり、仏子の自覚であり、神の子の自覚である。生かし合いであり、円満であり、具足である。一切である。したがって「和」は秩序である。秩序は「中(みなか)」においてのみ可能である。したがって「和」は「中」の顕現のなかにのみ存在する。「中」においてこそ「大和」があり得る。「和」こそ生成の原理であり、国家存立の基底であり、人間の本質である。だから「和」を第1条に置かれたのであろうか。

⑯十七条憲法は「中(みなか)」の理念の具象化である【2】(116ページ)
 まことに、十七条憲法において万教帰一の典型を見る。万教帰一は日本民族本来の精神なのである。天皇の理念が天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)であり、「中」の展開であるからこそ、万教の和があり得るのである。大和があり、仏法があり、承詔必謹(しょうせいひっけん)があり、礼があって、いよいよ憲法の結論がでてくる。
 十七条憲法が指向しているものは、天皇の専制支配の確立とは全く関係がない。そこにひたすら祈念されているものは、人倫の規範としての真理国家の現成である。宇宙不変の道義に基く国家の現成である。「中」の展開としての大和の世界の実現である。仏教も儒教も、三宝の教えも五常の徳目も、すべてみなこの一つの悲願に向って集中されているのを見る。そして、天皇の継承者、天津日嗣としての天皇の神聖なる権威は、建国の理念であり、皇国の道統であるこの大願に発していることを、太子はこの憲法において改めて宣言されたのである。
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by ikawazukbr | 2012-08-14 10:45 | 旅行記