井蛙見聞録
ikawazukbr.exblog.jp

井の中の蛙見聞録
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
みささぎ参拝の薦め
(33)第33代:推古天皇(つづき11)

⑪太子の悲願と仏法の興隆(108ページ)
 推古天皇6年、『勝鬘経(しょうまんきょう)』の講讃(こうさん)が、仏法の興隆の詔(みことのり)にもとづく純粋に宗教的な見地に立っての仏典の講讃とみなされてはならないこと。その講讃の目標は、あくまでも王法の成就をめざす政治的な意図を深く蔵されたものであることを、これぐれも強調しておきたい。たしかに日本の仏教文化は太子を源流としている。その功績は鑕仰するほかない。しかし太子による大乗の真理国家としての日本建国の理念の確立こそが太子の悲願であって、仏教の摂取もこの目的成就にあったことは、太子の全治蹟がこれを証明している。

⑫氏族制度を否定する新:冠位(かんい)の制定(109ページ)
 推古天皇11年12月、飛鳥(あすか)維新(いしん)の第二弾が放たれた。冠位(かんい)十二階の制定で有る。(前述:c.主な出来事 ⑨項)(冠位に用いられた)五常(ごじょう)の徳目(とくもく)にしても、その序列は、仁(じん)・義(ぎ)・礼(れい)・智(ち)・信(しん)であるが、太子はこれを〔仁(じん)・礼(れい)・信(しん)・義(ぎ)・智(ち)]に入れかえ、更に“徳(とく)”の位階(いかい)を最上級とされたのは、真理国家の官に在るものの精神の姿勢を匡(ただ)そうとする、お考えに出られたものであろう。(中略)大切な点は、国家の統治の組織を世襲氏族から、高徳有能な人物を基礎とする体制へ全面的に切替えを計られ、それがその根本方針なのである。

⑬政治的革新の基本理念としての「十七条憲法」(109~110ページ)
 憲法十七ヶ条は、聖徳太子の悲願の結晶である。未曾有の難局に摂政として国運を雙肩に荷われてから12年。御歳31歳。太子にとっては、もはやすべてが明らかであり、寸豪の迷いもおありにならなかったであろう。相次ぐ内政の改革を、蘇我の一党がどのように受取ろうと、よしどのような内憤を抱こうと、道はただ一つと観じておられたことであろう。(中略)
 まことに、太子の十七条憲法は、人倫の規範としての国家の永続性と一君万民の統治の大本と、君臣の分とを的確に明示して余すところなく、同時にまた仮借なき氏族制度の否定であり、大乗の真理国家の形成をめざす痛烈な政治的革新の法である。

⑭承詔必謹(しょうせいひっけん)(第三条:詔(みことのり)を承(う)けては必(かなら)ず謹(つつし)め)は天地の必然である(111~112ページ)
 十七条憲法が最大の問題としているのは、専制君主としての天皇の利害ではなく、あくまでも大乗の真理の地上的現成が問題の焦点とされているのである。真理すなわち正法の現成こそが「公(おおやけ)」のことなのであって、それ以外はすべて私事にすぎない。この「公」の成就こそが官にある臣下の役目であり使命なのである。蘇我氏といえども「王(おおきみ)の臣(しん)」にすぎない。したがって「公」とは決して個人としての天皇をいうのではなく、天意(てんい)現成(げんじょう)の天皇の「業(おおみわざ)」すなわち「天業」をさすのである。
[PR]
by ikawazukbr | 2012-08-08 18:09 | 旅行記