井蛙見聞録
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みささぎ参拝の薦め
(33)第33代:推古天皇(つづき10)

⑧蘇我馬子(そがのうまこ)の立場(98ページ)
 馬子が倒した物部守屋(もののべのもりや)の妹は現に馬子の妻であった。守屋は馬子の義兄であった。馬子が大逆をあえてした崇峻(すしゅん)天皇も、馬子が暗殺した二皇子の一人である穴穂部(あなほべの)皇子(みこ)も、共に馬子の妹である小姉君(をあねきみ)が欽明(きんめい)天皇の妃としてもうけた皇子であり、太子にとっては母の弟であり叔父にあたる。馬子にとっては甥にあたる。そしてまた太子の妃の一人:刀自己郎女(とじこのいらつめ)は、馬子の娘である。だから馬子は太子の義父なのである。

⑨太子の心底にあるもの(98~99ページ)
 『上宮(じょうぐう)聖徳(しょうとく)法王(ほうおう)帝説(ていせつ)』には、太子にとって最も悲痛な事柄が記されている。それは太子の母であり用明(ようめい)天皇の皇后であった穴穂部(あなほべの)皇女(ひめみこ)が、「用明天皇崩御の後、腹違いの皇子と婚して一女を生む」と記されている一事である。太子のひたむきな求道は、人間の煩悩についての血のにじむような苦悩が、その一つの因をなしているのではなかろうか。日本精神史において、このような面から「人間の煩悩なるもの」に対決されたのは、おそらく太子が最初であろう。しかし、求道は遁世(とんせい)ではない。遁世であってはならない。国運を一身に荷われた摂政として果すべき太子の課題は、天意の継承としての国家、正法の支配する大乗の国家、人倫の規範としての国家の現成でなけらばならない。

⑩太子こそは第三の「ハツクニシラス」日嗣(ひつぎ)の皇子(107ページ)
 飛鳥(あすか)維新(いしん)は、推古天皇の6年、聖徳太子の『勝鬘経(しょうまんきょう)』の講讃(こうさん)をもって開始された。この講讃の政治的並びに歴史的意義の重大さは、日本民族にとって日本民族の国家の形成とその後の発展に、評価を絶するほどに大きいものではないだろうか。

備考:『勝鬘経』には、舎衛国(しゃえこく)波斯匿王(はすのくおう)の女(むすめ)にして、阿踰闇国友称王(あゆじゃこくゆうしょうおう)の王妃である勝鬘(しょうまん)夫人の十大受(じゅうだいじゅ)の誓いと三大願さん(だいがん)と欇受(しょうじゅ)正法(しょうほう)の絶対帰依を通して、大乗の仏説が説かれている。続いて説かれた『法華経』には、在家の維摩(ゆいま)居士(こじ)を主人公として、世間に即して大乗の精神を生きる生活が説かれている。共に在俗の生活を追求して、そこに範を求められたのである。

 「中(みなか)」の理念の展開としての日本国家の普遍的根拠を明らかにされ、宇宙形成の原理の正法の地上的現成こそ日本国家形成の根本理念であることを宣布された。天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)とは、この理念のさながらなる継承以外にない。
 天皇の権威とは、権力や武力をもって思うがままにこの国を支配することにあるのではなくして、身をもってする正法の実現にあること。したがって天皇を中心者と仰ぐ日本国家の形成とその発展とは、天皇の人民支配の手段としての国家の形態ではなく、普遍的真理すなわち宇宙の法の地上顕現を使命とする至純至高の国家の形成であるべきこと。この基本理念を如来の大願に託して明示されたのだと確信する。
 とにかく、太子の偉大さは尋常ではない。と同時にまた、この国の運命を一身に荷われた太子の苦悩の深さも、また我々の想像を絶するものであられたに相違ない。
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by ikawazukbr | 2012-08-04 10:13 | 旅行記