井蛙見聞録
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みささぎ参拝の薦め
(33)第33代:推古天皇(つづき7)

(33特3)山口悌治(やすはる)先生の著書『万葉の世界と精神』より
聖徳太子(しょうとくたいし)に関して、山口悌治先生の著書『万葉の世界と精神』の中から一部を抜粋させていただきます。

①聖徳太子(しょうとくたいし)の悲願(95~96ページ)
 日本歴史の第一のピークは、神武天皇による「中(みなか)」の理念の現成(げんじょう)を母体としての真理国家、すなわち大和(だいわ)国家の創建であった。第二のピークは、宗神(すじん)天皇の「中(みなか)」の理念の展開としての祭祀の総攬を精神的基盤とする、大和(だいわ)国家の全国的展開と、国民意識の統一であった。第三のピークである飛鳥(あすか)維新(いしん)の課題は、何であったろうか。それは、大和(だいわ)国家の理念である「中(みなか)」を、政治(まつりごと)の原理として確立することであった。この大和の国を、真に正法の支配する真理国家たらしめる事であった。そしてそれを阻害する蘇我(そが)一族の権勢等の害悪は、是正されなければならぬ。これが聖徳太子の悲願であり、この課題に全力で取り組まれたのが聖徳太子であった。

備考:「中(みなか)」の理念とは、谷口雅春先生が著書『古事記と現代の預言』の中で次のように説いておられます。
「・・・支那(しな)の『中庸(ちゅうよう)』という書物に、「喜怒哀楽(きどあいらく)未だ発せざるを中(ちゅう)と謂う。発して節(せつ)に当たるこれを和(わ)と謂う」と書かれておりますが、その「中(ちゅう)」が天之(あめの)御中主(みなかぬしの)神(かみ)の「ミナカ」であり、これを「未発(みはつ)の中(ちゅう)」というのです。
 「発せず」というのは「まだ起こらない」ということで、つまり現象が未だ起っていない。その本源なるものが「中(みなか)」なのであります。現象が現れるということは、すべて或る自己限定をして偏りによって現れてくるのです。それでこの「中(みなか)」というのは「偏らないところの本源」という意味です。それで宇宙の本源で何処にも偏らない、未だ一切の姿に発せざる「中(みなか)」なるところの主なる神様が天之(あめの)御中主(みなかぬしの)神(かみ)であります。」

②真に権威ある真理国家(96ページ)
 人倫(じんりん)の規範(きはん)としての国家、正法(せいほう)の支配する大乗(だいじょう)の国家、天意の継承としての国家、ただ単に武力や権力をもって国家を支配することが権威なのではない。真に権威ある真理国家を形成することが、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)としての天皇の権威なのである。氏族制度は蘇我氏と共に終焉(しゅうえん)せしめられなければならない。単に蘇我氏を倒せばよいのではない。真理国家としての皇国(こうこく)の道統(どうとう)が樹(た)つことが根本なのである。
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by ikawazukbr | 2012-07-23 11:43 | 旅行記