井蛙見聞録
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井の中の蛙見聞録
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みささぎ参拝の薦め
(29)第29代:欽明天皇(つづき)

③欽明(きんめい)天皇23年(西暦562年)1月、新羅(しらぎ)は、遂に任那(みまな)の宮家を打ち滅ぼした、加羅国(からのくに)・安羅国(あらのくに)・斯二岐国(しにきのくに)・多羅国(たらのくに)・卒麻国(そつまのくに)・古嵯国(こさのくに)・子他国(したのくに)・散半下国(さんぱんげのくに)・乞飡国(こつさんのくに)・稔礼国(にむれのくに)の十国を云う。
 23年(西暦562年)7月、天皇は、新羅(しらぎ)を打つよう将兵を遣わしたが、百済と結んだ戦闘計略が漏れて、新羅の残虐な攻めに合い、遂には敗北に終わった。
 23年(西暦562年)8月、天皇は、数万の将兵を遣わして、高麗(こま)を討たせた。百済(くだら)の助けも得て高麗を撃破した。
 天皇は、死の床にあっても、「新羅(しらぎ)を討って、任那(みなま)を封じ建てよ。そしてかつての如く両者相和する仲となるようにせよ」と気に掛けておられた。

④欽明天皇と姪の皇后石姫(いわひめ)との間に生まれた嫡嗣が、西暦572年、即位して、第30代:敏達(びたつ)天皇となられた。「仏法を信(う)けず、文史(儒書(じゅしょ))を愛(この)みたまふ」と書かれている。前代から疫疾(えきしつ)の流行による死者が絶えないので、西暦585年、「仏法を断めよ」と命じておられる。
 次にその異母弟が即位して、第31代:用明(ようめい)天皇となられた。「仏法を信(う)け、神道を尊びたまふ」と書かれている。「仏法」を信仰されたのは、母が蘇我(そがの)稲目(いなめ)の娘:堅塩媛(かたしひめ)であるからその影響であろうが、同時に皇女の酢香手媛(すかてひめ)を「伊勢の神宮に拝して日神(天照大神)の祀りに奉らせておられる」など、古来の「神道」も尊崇しておられた。
 仏教に賛意を表している蘇我馬子(そがのうまこ)と、反対する物部氏(もののべし)・中臣氏(なかとみし)に、次の皇位をめぐる争いが絡み、西暦5857年、蘇我馬子のために物部氏は滅ぼされてしまったのである。そして、蘇我馬子の甥にあたる泊瀬部(はつせべの)皇子(みこ)が擁立され、第32代:崇峻(すしゅん)天皇となられたのである。
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by ikawazukbr | 2012-07-01 14:33 | 旅行記