井蛙見聞録
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井の中の蛙見聞録
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みささぎ参拝の薦め
(19つづき)第19代:允恭(いんきょう)天皇(つづき)

c.主な出来事
①反正(はんぜい)天皇5年(西暦410年)正月23日に、第18代:反正天皇が崩御された。帝位を受け継ぐのは、仁徳天皇の御子である雄朝津間稚子(おあさづまわくごの)宿禰(すくねの)尊(みこと)と大草香(おおくさかの)皇子(みこ)がおられたが、兄の雄朝津間稚子宿禰尊が推された。
 ところが雄朝津間稚子(おあさづまわくごの)宿禰(すくねの)尊(みこと)は、重い病で十分な体ではないこと固辞された。忍坂(おしさか)大中姫(おおなかつひめの)命(みこと)はじめ群臣が申しで、雄朝津間稚子宿禰尊が帝位に就かれたのは、二年後でありました。

②允恭(いんきょう)天皇四年(西暦416年)9月、誤って自分の姓(かばね)を失う者、故意に高い氏(うじ)を詐称する者があり、上下相争って国がよく治まらないようになっていた。是を厳しく正して氏(うじ)姓(かばね)の乱れを無くされた。

③允恭(いんきょう)天皇23年(西暦435年)3月、木梨(きなしの)軽皇子(かるのみこ)を立てて皇太子とされた。ところが同母妹の大郎(おおいらつめの)皇女(ひめみこ)と愛を通ずる仲になってしまった。このため群臣らの信頼を失い皇位に付けなかった。
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by ikawazukbr | 2012-06-02 13:30 | 旅行記