井蛙見聞録
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井の中の蛙見聞録
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みささぎ参拝の薦め
(14特)神功(じんぐう)皇后(こうごう)(つづき)
c.主な出来事(つづき)
③新羅(しらぎ)征伐(せいばつ)
 仲哀(ちゅうあい)天皇9年(200年)9月、神の教えがあって云われるのに、「和魂(にぎみたま)は王の身の命を、荒魂(あらみたま)は先鋒として軍船を導くだろう〕と。10月、鰐浦(わにうら)から出発され、天神(てんしん)地祇(ちぎ)に守られ導かれて、順風が吹き帆船は浪に送られ、舵や櫂を使わずに新羅に着いた。そのとき船を乗せた波が国の中にまで及んだ。
 新羅の王は、「新羅の建国以来、かつて海水が国の中にまで上ってきたことは聞いたことが無い。天運が尽きて国が海になるかもしれない」と。軍船が海に満ち,鼓笛の音が響いた。新羅の王は遙かに眺めて、白旗をあげて降伏し服従を誓った。金・銀・彩色・綾・羅・絹を沢山の船に乗せて、軍船を従わせた。
 高麗(こうらい)と百済(くだら)の二国も、この事を聞いて、とても勝ち目のないことを悟って、同様に降伏し服従を誓った。(これを三韓と云う)
 皇后は新羅から帰られた。12月14日、後の応神(おうじん)天皇が筑紫で産まれた。
④麛坂王(かごさかのみこ)・忍熊王(おしくまのみこ)の策謀
 新羅を討たれた翌年、麛坂王(かごさかのみこ)・忍熊王(おしくまのみこ)(仲哀(ちゅうあい)天皇の御子)は、謀っていう「いま皇后は子があり、群臣はみな従っている。きっと共に議って幼い王を立てるだろう。吾らは兄であるのに、どうして弟に従うことができようか」と。謀(はかりごと)を企て皇后を殺そうとしたが、麛坂王が事故死してしまった。これを知った皇后は、皇子を抱いて迂回して南海に出て紀伊の水門(みなと)に泊まられた。真直に難波に向われた。ところが船がぐるぐる回って進まなくなった。
 それで武庫(ぶこ)の港に帰って占われた。天照大神は「和が荒魂を皇后の近くに置くのは良くない。広田国(摂津の国の広田神社)の地に置くのが良い」と云われた。幼日女尊(わかひるめのみこと)は「自分は長狭(ながさ)の国(摂津の国の生田神社)に居りたい」と云われた。事代主神は「自分を長田の国(摂津の国の長田神社)の地に祀るように」と云われた。表筒男(うわつつのお)・中筒男(なかつつのお)・底筒男(そこつつのお)の三神は「わが和魂(にぎみたま)を大津の渟名倉(ぬなくら)の長狭(ながさ)に居さしむべきである。そうすれば往来する船を見守ることもできる」と云われた。それぞれに仰せのままにお祭りしたので、平穏に海を渡ることが出来るようになった。
 忍熊王(おしくまのみこ)は、軍を率いて退き、宇治に陣取った。皇后は紀伊の国においでになられた。武内宿禰と武振熊(たけふるくま)(和珥臣(わにのおみ)の先祖)に忍熊王を討つように命じた。宇治川で忍熊王は亡くなった。この年が神功摂政(せっしょう)元年(西暦201年)である。
⑤誉田別皇子(ほむたわけのみこ)の立太子
 神功摂政二年(西暦202年)1月3日、誉田別皇子(ほむたわけのみこ)を立てて皇太子として、都を大和の国の磐余(いわれ)に造った。これを若桜宮と云う。
 神功摂政五年(西暦205年)3月7日、新羅の王が朝貢(ちょうけん)してきた。
 神功摂政39~43年に魏志倭人伝(ぎしわじんでん)に触れているが、議論が分かれており、その関連は疑問視されている。
 神功摂政47年(西暦247年)4月、百済の王と新羅の王が朝貢してきた。
 神功摂政49年(西暦249年)3月、荒田別(あらたわけ)と鹿我別(かがわけ)を将軍として、卓淳国(とくじゅんこく)(大邱にあった)に送り、新羅を攻め撃ち破った。各地を平定し、一部を百済に与えた。
 神功摂政51年(西暦251年)3月、百済の王が朝貢してきた。
 神功摂政52年(西暦252年)9月、百済の王が朝貢してきた。この中には七枝刀(ななつきやのたち)一口・七子鏡(ななつこのかがみ)一面・等の重宝があった。
 神功摂政62年(西暦262年)、新羅が朝貢しなかったので、襲津彦を使わして新羅を討たせた。
 神功摂政69年(西暦269年)4月17日、稚桜宮にて崩御されました。年は一百歳。
 神功摂政69年(西暦269年)10月15日、狭城(さきの)楯列(たてなみの)陵(みささぎ)の葬った。諡(おくりな)を気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)と云う。
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by ikawazukbr | 2012-05-11 14:42 | 旅行記